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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和60年(ネ)195号 判決

控訴人

小幡義己

右訴訟代理人弁護士

吉良啓

五島良雄

被控訴人

桐原武夫

右訴訟代理人弁護士

安田雄一

主文

一  別紙一係争物件目録(一)ないし(三)記載の土地に関する控訴人の控訴(主位的請求)を棄却する。

二  控訴人の当審新請求(予備的請求)に基づき

1  訴外太洋殖産有限会社と被控訴人間においてなされた左記契約をいずれも取り消す。

(1)  被控訴人の同訴外会社に対する別紙二被控訴人債権目録(一)(1)記載の貸金債権残金二九四万七一九八円の弁済に代えて昭和五三年六月六日頃別紙一係争物件目録(二)記載の土地の、同月一五日頃同(三)記載の土地の各所有権をそれぞれ譲渡した代物弁済契約。

(2)  被控訴人の同訴外会社に対する前記債権目録(二)(1)(2)記載の各立替金債権合計二三〇万円の弁済に代えて昭和五三年六月一五日頃別紙一係争物件目録(一)記載の土地の所有権及び同(八)記載の土地の買主の地位をそれぞれ譲渡した代物弁済契約。

(3)  被控訴人の同訴外会社に対する前記債権目録(一)(2)記載の貸金債権残金三四一万三三五七円と同(二)(3)(4)記載の各立替金債権の合計金四三六万三三五七円の弁済に代えて昭和五三年七月五日頃別紙一係争物件目録(四)記載の土地の所有権及び同(五)ないし(七)記載の土地の買主の地位をそれぞれ譲渡した代物弁済契約。

2  被控訴人は同訴外会社に対し、別紙一係争物件目録(一)ないし(四)記載の土地について、それぞれ真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3  被控訴人は前同目録(五)ないし(七)記載の土地について、それぞれ鹿児島地方法務局伊集院出張所昭和五三年七月七日受付第八六五〇号の各条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟の総費用はこれを三分し、その一を控訴人のその余を被控訴人の負担とする。

事実

(以下理由の項とも、「訴外太洋殖産有限会社」を「訴外会社」と、別紙物件目録記載の各土地を、その順番に従い、単に「(一)土地……(八)土地」と各略称する。)

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

(一)  主位的請求(原審請求)

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は訴外会社に対し、(一)ないし(四)土地について、それぞれ真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3 被控訴人は(五)ないし(七)土地についてなされた鹿児島地方法務局伊集院出張所昭和五三年七月五日受付第八六五〇号の各条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(二)  予備的請求(当審追加)

1 主文第二項同旨。

2 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

(一)  主位的請求につき

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

(二)  予備的請求につき

1 控訴人の請求を棄却する。

2 訴訟費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者双方の主張

(控訴人の請求原因)

一  両請求に共通の事実

1 控訴人は訴外会社に対し左記合計八四三〇万円の金銭債権を有する。

(一) 貸金 一七三〇万円

別紙三控訴人貸金目録記載のとおり。

(二) 損害賠償請求権 六七〇〇万円

訴外会社の代表者松元貞雄は有限会社三秀産業(以下「三秀産業」という)の代表者小林秀三と共謀のうえ、三秀産業が控訴人の委任により控訴人のために用いまたは控訴人に引渡すべき左記金員をいずれも訴外会社の事業資金として費消し、控訴人に同額の損害を与えた。

(1) 控訴人が三秀産業に鹿児島市田上町所在の土地を購入する手附金として交付した二〇〇万円。

(2) 三秀産業が柏木産業株式会社より受領した控訴人所有の鹿児島市吉野町五五七番の土地の売却代金三二〇〇万円のうちの一九〇〇万円。

(3) 前同控訴人所有の同町五五五番の土地の売却代金四六〇〇万円。

2 訴外会社は昭和五二年六月二一日頃東南商事株式会社(以下「東南商事」という)より(一)ないし(四)土地の所有権並びに(五)ないし(七)土地について東南商事が所有者田原春松二より農地法五条許可を条件として買い受けた買主の地位をそれぞれ買い受けた。

3 しかるに、右(一)ないし(七)土地につき、被控訴人のため、いずれも鹿児島地方法務局伊集院出張所受付による下記各登記がなされている。すなわち、(一)土地につき、昭和五三年六月一五日受付第七七五六号をもつてなされた松元其吉よりの、(二)土地につき、同月六日受付第七二一七号をもつてなされた前同人よりの、(三)土地につき、同月一五日受付第七七五七号をもつてなされた安庭キヨよりの、(四)土地につき、同年七月六日受付第八七五七号をもつてなされた摽田一二よりの各所有権移転登記及び(五)ないし(七)土地につき、同月五日受付第八六五〇号をもつてなされた田原春松二よりの条件付所有権移転仮登記が各経由されている。

二  主位的請求として、

1 訴外会社は無資力である。

2 よつて控訴人は前一1記載の金銭債権を保全するため、被控訴人に対し、訴外会社に代位して、(一)ないし(四)土地については訴外会社の所有権に基づき真正な登記名義の回復を原因とする訴外会社への所有権移転登記手続を、(五)ないし(七)土地については訴外会社がその買主たる地位に基づき所有者田原春松二に代位して行使し得る同人の所有権に基づく妨害排除請求権を代位行使して各条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続を、各訴求する。

三  予備的請求として、

仮に被控訴人の抗弁2の代物弁済契約が有効に存在したものであるならば、

1 訴外会社はその当時前記一1記載の控訴人の債権を満足させることができる財産はなく、右代物弁済により一般債権者に対する弁済資力を失つた。

2 訴外会社は右代物弁済の際右事実を知つていた。

3 よつて被控訴人に対し、債権者取消権に基づき、予備的請求趣旨どおりの判決を求める。

(被控訴人の認否及び抗弁)

一  認否

1 請求原因一1は否認する。控訴人の主張する債権は大部分が三秀産業又は小林秀三に対するものであつて、訴外会社に対するものではない。同2、3は認める。

2 同二1、2は争う。

3 同三1は争う。訴外会社は昭和五三年六月ないし七月頃は他に別紙四訴外物件目録記載の各土地を有していた(右各土地は同目録記載のとおり第三者名義となつているが、いずれも国土法等の関係による形式上のもので、実際は訴外会社の所有であつたことは本件各土地の場合と同様である。)。うち番号4、14の各土地は多額の根抵当が設定されているが、1ないし3の被担保債権額は八〇万円に過ぎなかつたのであるから本件代物弁済によつて無資力となつたものではない。同2は否認し、同3は争う。

二  抗弁

1 仮りに請求原因一1の債権が訴外会社に対するものであるとすれば、訴外会社はその弁済に代えて、その所有する鹿児島県日置郡松元町石谷字鳥喰二一四四番乙山林二三八平方米、同所二二八九番山林五九平方米、同所二二八八番山林二九平方米(別紙四の8ないし10)を控訴人に譲渡した。

2 主位的請求につき、

被控訴人は訴外会社に対し別紙二被控訴人債権目録記載の合計九七五万円の金銭債権を有していたので、訴外会社は、右債務の弁済に代えて、被控訴人に対し、左記対応関係において(一)ないし(四)土地の所有権並びに(五)ないし(八)土地の買主の地位を譲渡した。

(1) 前同目録(一)(1)の債務に対し昭和五三年六月六日頃(二)土地の、同月一五日頃(三)土地の各所有権。

(2) 同(二)(1)(2)の債務に対し同月一五日頃(一)土地の所有権と(八)土地の買主の地位。

(3) 同(一)(2)及び(二)(3)(4)の債務に対し同年七月五日頃(四)土地の所有権と(五)ないし(七)土地の買主の地位。

3 予備的請求につき

(一) 被控訴人は本件代物弁済当時債権者を害することを知らなかつた。

(二) 控訴人は原審において昭和五四年一二月二〇日付準備書面をもつて予備的請求として本債権者取消権を行使したから、遅くともこの時点までに右取消原因を覚知した(民法四二六条)。控訴人は右原審予備的請求を原審第一五回口頭弁論期日に取下げた。当審における今回の本取消権の行使は右覚知の時から二年以上を経過した後のものであるから時効を援用する。なお前判決が右原審予備的請求に、その取下ありたるに拘らず、催告に準じた時効中断の効力が訴訟係属中認められるとしているのは失当である。

(控訴人の抗弁の認否と再抗弁)

一  認否

1 抗弁1は否認する。これは本訴第一審で取下げた被告松元其吉に対する取下げの対価として名義が移転されたものである。

2 同2は否認する。

3 同3(一)は否認する。同(二)の経過は認めるが、原審で一旦訴の取下をしても、当審で再び請求した場合その効果は持続する。また控訴人は本件代物弁済契約が不存在ないし通謀虚偽表示により無効なものと確信して原審での予備的請求を取下げたのであるから、取消の原因を覚知した時は主位的請求が棄却され、それが確定した時というべきである。

二  再抗弁

仮りに抗弁2の代物弁済契約が認められるとすれば、同契約は被控訴人が訴外会社と通謀して、訴外会社の債権者の追及を免れるために仮装したものであつて、虚偽表示として無効である。

(被控訴人の再抗弁の認否)

右再抗弁事実は否認する。

第三 証拠関係〈省略〉

理由

一本件訴訟の経過と当裁判所の審判対象について。

第一審は控訴人の請求(主位的請求)全部を棄却し、控訴人は当審において予備的請求を追加した。前判決は、その理由中において(一)―(三)土地に関しては被控訴人の抗弁2を採用し主位的請求を排斥して予備的請求を認容すべきものと、(四)―(七)土地に関しては同抗弁を排斥して主位的請求を認容すべきものと説示しながら、主文においては、(一)―(三)土地に関し第一審判決を取り消して主位的請求を認容し、(四)―(七)土地に関しては控訴(主位的請求)を棄却して予備的請求を認容した。これに対し被控訴人より被控訴人敗訴部分につき上告がなされたが、控訴人は右(四)―(七)土地の主位的請求棄却部分につき上告(附帯上告とも)の申立をしなかつた(もつとも、控訴人の上告審答弁書には、被控訴人の上告棄却を求めるほか、前判決をその理由説示に符合するように変更する旨の申立をも記載していたが、上告審の口頭弁論期日には右部分を除いて答弁書を陳述した)。そして上告審により「原判決中上告人(被控訴人)敗訴の部分を破棄する。右部分につき本件を(当庁に)差し戻す。」判決がなされている。

以上によれば、当裁判所(差戻後)の審判の対象は、(一)―(三)土地に関しては控訴人の請求全部(主位的並びに予備的)に及ぶが、(四)―(七)土地に関しては前判決による主位的請求棄却の部分が上告審判決による破棄及び差戻の範囲に含まれていないため、右部分に判断を及ぼすことはできず、予備的請求のみが審判の対象となるべきものである(最判昭五四・三・一六民集三三巻二号二七〇頁参照。なお新堂幸司「不服申し立て概念の検討」手続法の理論と実際(吉川追悼論集)(下)三六二頁参照)。

二控訴人の被保全債権の存否について。

1  〈証拠〉を総合すると請求原因一1(一)の賃金債権一七五〇万円の成立が認められる。

すなわち、控訴人は、(一)別紙三控訴人貸金目録1ないし10、12、13、15については各該当日時に該当金員を銀行振込により送金し(その証拠は同目録備考欄掲記のとおり。なおうち甲第一号証の五及び九には受入銀行の受領印がないが、原審における控訴人本人の供述によると、それは控訴人が受領印のある受取書を紛失したため、これと複写の振込案内書を提出したことによることが認められるから、右受領印が欠けていても採証上の疑問はない。)、同11については直接に現金を交付し、同14については前同備考欄掲記の約束手形を振出して手形貸付けをしたものである。なお、〈証拠〉中には、甲第七号証の二は請求原因一1(二)(1)の資料であり、右認定の右目録2の二〇〇万円の資料は甲第二号証であるかの如き供述部分が存するが、右は弁論の全趣旨に照らし控訴人の思い違いと判断されるので、原審供述を採用した。

もつとも右目録1ないし12の分については、書証上の送金名宛人は小林秀三(但し3は不明)、13は三秀産業となつており、11の分も交付したのは右小林に対してであるけれども、原審における控訴人本人の供述によれば、当時訴外会社の代表者松元貞雄は病気入院中で、同社の実権は専務取締役であつた小林が掌握し、同人が実務を切り廻していたため、控訴人は何の疑もなく、右実務を取り仕切つている小林に送り付ける意思で同人又は同人の代表する会社である三秀産業宛に送金又は交付したものであるところ、右松元は、その後控訴人の追求に対し右各金員が訴外会社のために使われて、控訴人主張の債務(後記2認定のものを含む)が存することを認めた事実が認められる(なお訴外会社は原審において相被告として右債務の支払請求を受け乍らこれを積極的に争うことをしない。)ので、右送金及び交付の相手方名義が小林又は三秀産業であることは前認定の妨げとならない。他に前認定に反する証拠はない。

2  〈証拠〉を総合すると請求原因一1(二)の損害賠償債権六七〇〇万円成立を認め得る。なおこれらについても控訴人は、各土地の売買の仲介を始め三秀産業に委託したものであるが、当時三秀産業で不動産仲介の免許証を持つていた古川陽三が罷めていたため、小林が訴外会社にその業務を行なわしめたものであることが認められ、いずれにせよ、控訴人主張の各金員が訴外会社の本件土地の購入資金などに費消されたことは〈証拠〉(とくに前記松元自身がこれを認めていたとの部分)に徴し明白であり、他に前認定を覆えすに足る資料はない。なお、〈証拠〉中前示甲第二号証と甲第七号証の二に関する部分につき、前示のとおりである。

3  そこで被控訴人の抗弁1につき判断するに、〈証拠〉によると、被控訴人主張の三筆の土地につき、昭和五三年三月二〇日売買を原因として同年四月一九日受付で東南商事株式会社から松元其吉に対する所有権移転登記がなされ、次いで控訴人に対して昭和五五年六月二四日受付で同月六日売買を原因とする所有権移転登記がなされていることが認められる。しかし、これが訴外会社が松元其吉名義で取得し控訴人に譲渡したものであつたとしても、右が控訴人の前認定1、2の本件被保全債権に対する代物弁済として譲渡されたとの充当関係については、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

よつて被控訴人の右抗弁は採用できない。

4  よつて控訴人の被保全債権存在の主張は理由がある。

三主位的請求について。

1  請求原因一23の各事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、訴外会社が現在倒産して債務超過の状態にあり、弁済資力のないこと(請求原因二1の事実)が認められ、他にこれを覆えすに足る証拠はない。

2  そこで被控訴人の抗弁2について検討する。

〈証拠〉によつて別紙二被控訴人債権目録(一)記載の債権(但し(1)については金二九四万七一九八円の、(2)については三四一万三三五七円の各限度において)の、〈証拠〉によつて同目録(二)(1)(2)記載の債権の、〈証拠〉によつて同目録(二)(3)記載の債権の、〈証拠〉によつて同目録(二)(4)記載の債権の各成立がそれぞれ認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。

そして、〈証拠〉に当事者間に争いのない請求原因3記載の事実を総合すると、訴外会社は右認定の別紙二被控訴人債権目録(一)(1)及び(二)(1)(2)記載の債務の弁済に代えて抗弁2(1)(2)記載の対応関係において本件(一)―(三)土地の所有権と(八)土地の買主の地位を被控訴人に譲渡した事実が認められ、他にこの認定を覆えすに足る証拠はない。

3  右代物弁済が通謀虚偽表示である旨の控訴人の再抗弁は本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

4  よつて本件(一)―(三)土地につき抗弁2は理由があるから、控訴人の主位的請求は認められない。なお(四)―(七)土地の主位的請求については前示のとおり差戻後の当審の審判の対象とならないので判断をしない。

四予備的請求について。

1  請求原因一の2、3記載の事実は当事者間に争いがなく、本件各登記(請求原因一3記載のもの)がそれぞれ被控訴人が抗弁2で主張する代物弁済契約に基づくものであることは、(一)―(三)土地につき前三認定のとおりであり、(四)―(七)土地につき当事者間に争いがない。

右(四)―(七)土地に関しては前一説示のとおり予備的請求についてのみ審判すべきところ、その判断過程においても、前記本件訴訟の経過に鑑みれば、先ず主位的請求の当否を判断してその理由のないときに予備的請求に判断を及ぼすのではなくて、もはや主位的請求の当否には関わりなく、予備的請求だけが独立した請求として係属するものとして判断すべきであるから、右予備的請求の限度にあつては被控訴人が抗弁2で主張する代物弁済契約が有効に存在し、本件各登記が右代物弁済契約に基づくものである事実は当事者間に争いがない(控訴人が援用している)ものとしてこれを判断の出発点に据えるべきものと考える。

もつとも、この点については次の反論が考えられないではない。すなわち「控訴人の主張自体、予備的請求はあくまで仮に代物弁済契約が存在するとした場合の主張、請求として維持されるものであり、(四)―(七)土地に関しても、主位的請求の当否には主文において判断を及ぼし得ないに止まり、その実体判断としては裁判所は客観的事実に目を掩うべきではなく、先ず主位的請求の当否(代物弁済契約の存否)に判断を及ぼし、仮に主位的請求が理由がある(代物弁済契約が不存在)と認定できる場合は、右代物弁済契約の存在を前提とする予備的請求は棄却さるべきものであり、その結果元来認容されるべき主位的請求が排斥される一方予備的請求も認容されないということとなつても、それは控訴人が前判決の主位的請求棄却部分に対して上告しなかつたことによる不利益であるから控訴人はこれを甘受すべきものであり、控訴人が被控訴人の主位的請求に対する抗弁を仮定的に援用するに過ぎない以上、直ちに右事実が当事者間に争いのないものとすることはできない。」と。しかし前記本件訴訟の経過に鑑みれば、控訴人が(四)―(七)土地の主位的請求棄却部分につき上告申立をしなかつたことによつて、(四)―(七)土地に関する限り予備的請求は、いわば主位的請求が取り下げられた場合と同様に主位的請求に対する条件付請求である関係を断ち切られ、独立した請求に転換したものと考えられるから、その請求原因の主張においても、従来は主位的請求の排斥を条件に仮定的に主張されていたものであつても、もはやその制限に服することなく、被控訴人の抗弁が無条件に援用されたものとなすのが相当である。とくに本件においては前判決が主文と理由を取り違えた結果前示判決となつたものであるため、控訴人においては、(四)―(七)土地の主位的請求棄却部分につき自ら上告(附帯上告)をせずとも、被控訴人の上告により事件全部がその確定を遮断され上告審又は当差戻審において右部分を変更しうるものと誤解して敢えて上告に及ばなかつたとも考えられ、事が前判決の判文上の明白な誤謬から惹起され、控訴人に右誤解を生ぜしめる一因となつたと考えられないでもなく、前記控訴人が上告しなかつたことの不利益の控訴人に及ぶ範囲を止むを得ない最少限の範囲に止むべき様審理すべきものと解する。

2  〈証拠〉によると、右代物弁済が行なわれた昭和五三年六、七月頃、訴外会社は既に倒産して債務超過の状態にあり、その債務を完済するに十分な資産がなかつたもので、右代物弁済によりその弁済資力を著しく減少せしめたものと認めることができる。

被控訴人は、訴外会社は当時別紙四訴外物件目録記載の不動産を同目録記載の所有名義人名義で所有していたから、右代物弁済によつて何ら弁済資力を失うに至らなかつたと主張する。

なるほど、〈証拠〉によると、同目録1ないし3記載の物件は昭和四七年四月二〇日に同月一七日売買を原因として訴外会社が所有権移転登記を経由したうえで昭和五三年二月一八日に同年一月二五日売買を原因として安庭キヨ子に所有権移転登記がなされたもの、〈証拠〉によると同目録4ないし14記載の物件はいずれも東南商事から各所有名義人が昭和五三年二月ないし八月にかけて所有権移転登記がなされていること、所有名義人の安庭キヨ子は原・当審証人白谷キヨ子の旧姓であり同人は当時訴外会社の従業員であつて本件各取引にも深く関与していること、同じく松元其吉は松元貞雄の息子であることに照らし、前同目録記載の各物件は訴外会社が各所有名義人の名を借りて所有したものと認めるのが相当であるが、そうだとしても、うち1ないし3の物件は債権者小吹一哉のため八〇万円の抵当権が、4物件には債権者田原鉄可のため五〇〇万円の抵当権が、14物件には債権者鹿児島相互信用金庫のため抵当権がそれぞれ設定されていたこと、同目録備考欄記載のとおり1ないし3物件は昭和五三年七月三一日までに、4物件は同年七月二五日、5物件は同年一一月三日までに、6、7物件は昭和五四年六月二〇日までに、11物件は昭和五四年三月七日までに、12物件は昭和五三年八月七日までに、13物件は昭和五四年九月二七日までに、14物件は昭和五四年六月六日までに、それぞれ他に売却されていることが認められ、また、8ないし10の物件は控訴人の主張によれば一審相被告松元其吉に対する取下の対価として移転されたというのであるが、〈証拠〉によれば、現地確認不能という無価値な土地であることが認められ、これらに弁論の全趣旨を徴すれば、訴外会社は本件代物弁済当時既に債務超過の状態にあつて、本件代物弁済によつて一般債権者に対する弁済資力を全体的により減少させることとなつたことは明らかであつたものとみなければならず、被控訴人の主張は理由がない。

〈証拠〉中前認定に反する部分は前掲証拠に照らしたやすく措信できず、他に前認定を覆えすに足る証拠はない。なお訴外会社が現時点までに弁済資力を回復した事実はその主張・立証がなく、かえつて前示三1のとおり訴外会社は現在倒産して債務超過の状態にあり弁済資力のないことが認められ、これに反する証拠はない。

3  抗弁の(一)(善意の主張)について

右抗弁事実は本件全証拠によつてもこれを認めることはできない。かえつて前示2のとおり訴外会社は本件代物弁済当時既に債務超過の状態にあり、本件代物弁済によつて弁済資力を全体として減少させ、他の債権者を害する結果となる事実は、その相手方たる被控訴人においても容易に認識し得べき状況にあつたことは、弁論の全趣旨に徴しこれを優に認め得るから、被控訴人においても債権者を害する客観的事実を知つていたものというべきである。原・当審における被控訴本人の供述中この認定に反する部分はたやすく措信できない。

よつて抗弁(一)は採用できない。

4  同(二)(消滅時効の援用)について。

(一) 記録によれば被控訴人主張の事実、すなわち控訴人は第一審において昭和五四年一二月二〇日の第三回口頭弁論期日に同日付準備書面の陳述をもつて、当審の本予備的請求と同一の請求を予備的に追加したが、昭和五六年一一月一九日の第一五回口頭弁論期日にこれを取下げ、再び昭和五七年一〇月二〇日の当審(差戻前)の第三回口頭弁論期日に本予備的請求を追加的に提起したことが認められる。

そうすると控訴人は遅くとも昭和五四年一二月二〇日には本件債権者取消権につき民法四二六条所定の取消の原因を覚知したものというべきであり(この点、これが予備的請求であるが故に、主位的請求の棄却判決が確定する時をもつて覚知の時とすべき旨の控訴人の主張は採用できない)、右予備的請求は取り下げられたことにより同法一四九条に照らし時効中断の効力が生じなかつたため、特段の事情のない限り、右覚知の時から二年を経過した昭和五六年一二月二一日に消滅時効が完成したものとしなければならない。なお第一審の右予備的請求は裁判上の催告の効力を有するも、控訴人が当審で再請求に及んだのは右取下後六ケ月以上を経過しているから、右催告の効力を援用することはできない(民法一五三条)。

(二) しかしながら、右予備的請求の取下後も本訴主位的請求は維持されていたのであり、民法一五三条の解釈運用上、本訴主位的請求訴訟を提起し、これを維持していることが本件予備的請求についての催告の効力を有するものとみられるならば、右主位的請求訴訟の係属中に追加的に併合提起された本件予備的請求は催告の継続中になされたものとして消滅時効に罹ることのないものとしなければならない(控訴人の主張もこの趣旨を含むものと解する)。前判決はこれを積極に解したものであるが、当裁判所も結論において前判決の右判断に左袒する。次にその理由をやや詳説する。

(三) 金銭債権を被保全債権として同一の不動産に対してなす民法四二三条の債権者代位権に基づく登記抹消請求(以下代位請求という)と、当該登記原因行為につき同四二四条に基づき詐害行為の取消権を行使してする登記抹消請求(以下取消請求という)とは、ともに同一の被保全債権の対外的効力として同一の不動産を債務者に取戻し、債権の責任財産の保全を図ることを目的とするものではあるが、代位請求が登記原因となるべき財産移転行為が不存在であるか又は原因となつた契約行為が通謀虚偽表示により無効であるがため、債務者の所有権に基づく妨害排除請求を代位して行使するのに対し、取消請求は原則として真実有効に存在する契約行為につき法が債権者に与えた取消権を行使してなす請求であるから、両者は実体上二者択一の関係にあり、訴訟法上も訴訟物を異にする別個の請求とみなければならないことは被控訴人主張のとおりである。

しかし、民法四二六条の時効期間の進行に関し、代位請求の提起に取消請求についても時効中断効としての催告の効力を与えてよいかどうかは、両請求が右訴訟物を異にする別個の請求であることによつてのみ左右されるものとは考えられない。即ち(1)代位請求も取消請求も前記のとおり、同一の不動産につき、これを債務者の責任財産に取り戻すという同一の経済的目的を、しかも同じ登記抹消請求という方法で達しようとする点においては、まさに同一目的の請求といえる(取消請求の場合、登記原因行為の取消をも併せ求めなければならないとされていることは、右経済的目的の同一性からみれば法技術上の要請であつて、この場合にも登記抹消にこそ請求利益が存するものといえよう)。(2)取消請求においては財産処分行為当時の詐害性が、代位請求においては債務者の無資力が各要件とされるが、当該取消請求の目的となる財産処分が同時に代位請求の目的となる財産処分行為(勿論表見的に存在するに過ぎない無効の行為を捉えているわけであるが)でもある場合においては、右取消請求における詐害性と、代位請求における無資力性とは、多くの場合同一事実関係の表裏が探究されることとなる(蓋し、代位請求における無資力性は必ずしも当該財産移転行為によつて生ずる必要はないが、取消請求における詐害性は、当該財産処分行為によつて弁済資力の減少を来たす必要がある。すると、その裏返えしとして、代位請求においてその無資力性が当該財産移転行為によつて生じたことが主張されているときは、これを取消請求に乗り換えれば当該財産処分行為が詐害性を持つことの主張がなされているものということができるからである)。(3)前記のように両請求が実体上は相容れず、債権者としてはこれを同時に提起しようとすれば、必ず主位的予備的請求の関係に立てざるを得ないけれども、通常まず代位請求をしておいて、相手方によつて登記原因行為の存在が立証され、これに対する通謀虚偽表示の再抗弁が排斥されるときに備え、予備的請求として取消請求の追加的併合に進むことが少なからず、それは債権者としては、まず所有権に基づく妨害排除請求をすることにより、相手方の主張・立証によつて取消請求の対象となるべき財産処分行為の特定が逐げられる便宜があるためであり(登記簿上の原因の記載はそうした意味での財産処分行為をそのまま特定していないことが多く、第三者である債権者としては、始めから取消請求に及ぼうとしても目的行為を特定できない場合が少くない)、そうだとすれば、相手方においても、代位請求に応訴して登記原因行為の有効な存在を主張・立証すれば、債権者の請求目的が前記(1)にある以上、これを捉えて次に取消請求が予備的に追加されるであろうことはむしろ覚悟しなければならないところであり、そしてその場合前(2)のとおり取消請求における詐害性の主張も既に代位請求における無資力性の主張として潜在的になされていたともいい得る。(4)しかしそうだからといつて、代位請求訴訟の提起と同時に常に取消請求をも予備的に併合提起しておかなければならないものとすることは、債権者がまず代位請求を選択し、これに基づく訴訟が係属している以上、その確定的判断に先立つてこれを強制することは相当でない。以上(1)ないし(4)の点を総合考察すると、本件の如き場合の代位請求の相手方は、取消請求が予備的に追加される以前においても、実質上取消請求の権利行使を受けているのと同一か、少なくともその予告をされている立場に置かれたものとみて差支えなく、代位請求の提起及びその経緯に、取消請求についての催告に準じた時効中断の効力があるものと認めるのが相当である。

(四) ただ本件の場合第一審においてした取消請求(予備的請求)を取下げた上での当審での再請求であるから、先の取下げによりもはや取消請求は将来に亘つてもこれをしない意思が表明されたとみられれば、右取下後の代位請求の継続をもつて右催告の効力が持続していたとすることはできない。しかし本件訴訟の全経過に徴すれば、控訴人の先の取下げをもつて、将来再請求をしない意思が表明されたものとまでは認められない。即ち、控訴人は既に第一審訴状中に「被控訴人の各登記は訴外会社と被控訴人とで相通じてなした虚偽無効のものである。仮に然らずとするも相互に債権者を害することを知つてなしたものであるから本訴状で取消の意思表示をする」と記載(請求原因第二の四1、2)して請求の趣旨には表わさないが取消請求の意思を表明していたものであり、その後昭和五四年一二月二〇日付準備書面(同日第三回口頭弁論で陳述)で予備的請求を併合し、しかして前記取下げに及んだのであるが、記録上(弁論の全趣旨)右取下げは、控訴人が第一審で主位的請求の主張立証に全力を傾けており、予備的にせよ、これと矛盾する取消請求を維持しておくことがその主張・立証の障害になると考えて一旦取下げに踏み切つたものと推認されるのであつて、実体上その請求を放棄したものとは考えられないのである。

(五) 従つて、被控訴人の消滅時効の主張は理由がない。

5  よつて控訴人の予備的請求はいずれも理由がある。

五以上の次第であるから、控訴人の本訴請求は、(一)ないし(三)土地につき主位的請求(原審請求)は棄却して、予備的請求(当審追加)を認容し、(四)ないし(七)土地については、差戻後の当審においてその請求が維持されている予備的請求(但し、前記のとおりその主位的請求棄却の前判決が確定しているため、単純請求に転じたもの)を認容すべきこととなる。よつて(一)ないし(三)土地につき主位的請求を棄却した原判決は相当であつて右部分につき本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、原判決中(四)ないし(七)土地に関する部分については主文で判断を加えず、更に当審で追加された各予備的請求につきこれを認容すべきものとし、訴訟費用につき民訴法九六条後段、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官潮 久郎 裁判官吉村俊一 裁判官栗田健一)

別紙一係争物件目録

(一) 鹿児島県日置郡松元町石谷字鳥喰二二七六番

原野 一九八三平方メートル

(二) 前同町上谷口字若松一一一五番一四

山林 一四一二平方メートル

(三) 前同町福山字野中田五九九番六

原野 四六六一平方メートル

(四) 前同町上谷口字井手ノ平一四五九番一

山林 一九〇平方メートル

(五) 前同町上谷口字久保山一四一六番

田 七九八平方メートル

(六) 前同所一四一七番

田 三〇七平方メートル

(七) 前同所一四一八番

田 三〇二平方メートル

(八) 前同町石谷字鳥喰二二一三番の三

田 四九五平方メートル

別紙二被控訴人債権目録

(一) 貸 金 六五〇万円

(1) 三〇〇万円 昭和五二年一二月二七日ころ貸付

(2) 三五〇万円 昭和五三年二月二〇日ころ貸付

(二) 立替金 三二五万円

(1) 二〇〇万円

但し訴外会社の株式会社浦門に対する土地代金返還債務を昭和五三年六月九日被控訴人が代位弁済したもの。

(2) 三〇万円

但し訴外会社の前同債務を同月一三日代位弁済したもの。

(3) 一五万円

但し訴外会社の事務所の電話使用料を同月一九日代位弁済したもの。

(4) 八〇万円

但し訴外会社の小吹一哉に対する金銭消費貸借債務を同月二〇日代位弁済したもの。

別紙三控訴人貸金目録〈省略〉

別紙四訴外物件目録〈省略〉

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